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縛られることに慣れ、いつの間にか浸かってた「ぬるい幸せ」になんか手を振ろう
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ギブあっぷ! (HJ文庫)
著者:上栖 綴人
イラスト:会田孝信

高校の入学式の日、結槻未祐は保健室で斗神璃亞の着替えを覗いてしまう。とびきりの美しさと、とんでもない毒舌を誇る璃亞に脅されて未祐は保健部の活動を手伝う羽目に

「準備中の札が見えなかった?」
まるで清流のような、どこか気の強さを感じさせる透き通った声で。
彼女はゆっくりと語りかけてくる。
と、そこまで言って彼女は眼を細めた。
未祐が着ているスポーツウェアの色に気づいたのだ。成る程ね、と彼女は嘆息。
「あんた新入生ね?どうりで、ウチのことを知らないはずだわ。生憎とここは、放課後限定の保健室よ」
「すっ、すいません、オレっ!」
金縛りが解けた。未祐はようやく事態を悟り、あわてて頭を下げる。
事情を知らなかったとはいえ、準備中の札を無視したこと、そして着替えを覗いてしまったことは明らかな過失。言い逃れのできない失敗だ。
未祐はあわてて回れ右、足早に部屋を出ようとして、
「ちょっと待って」
いつの間に距離を詰められたのか、彼女に手首をつかまれ、引き留められる。
「血が出てるじゃない」
未祐の左手の人差し指からは、まだ血がにじんでいた。
「は、はい、だからオレ、ば、バンソーコを」
しどろもどろになる未祐の目の前で、彼女は傷口に眼を細め、
「そう……」
スローモーションのようにゆっくりと顔をよせ、パクんと指を口に含んだ。
「――」
未祐の意識が停止する。
しかし、意識の空白は刹那。彼女に「チュっ」と指先を強く吸われ、一瞬で指先から尾てい骨まで、痛みにも快感にも似た痺れる感覚が走りぬけ、思わず腰が砕けそうになる。
上目遣いで未祐の反応を楽しんだ彼女は、からかうような意地の悪い笑みを浮かべた。
そして舌先で傷口をペロリと舐める。
ゾクっとした感覚が、未祐の背筋を上ってゆく。
そこでようやく未祐の指を解放し、
「はい、応急手当てお終い」
「ど、どうも……」
「それにしても、自分のことを『オレ』だなんて、まるで男子みたいな言い方するのね」
「いや……男、ですけど」
「……」
未祐の言葉に、彼女はキョトンとした表情をし、
「ぷっ、あっははははっ、それは傑作ね」
そしてすぐさま大爆笑。
ようやく年の近い相手のように感じられ、未祐は小さく安堵する。が、それも束の間。
笑う彼女の動きに合わせて白衣の裾がひるがえり、未祐はあわてて目をそらす。
「いや、傑作とかじゃなくて、本当にオレは男なの!」
「そんな可愛い顔してるくせして?」
「見かけで人を判断しないでくれ、運動着だからわかりにくいかもしれないけど」
「そんなに高い声で?」
「これでも声変わりしたんだよ、去年の夏に!」
「だったら、この胸はなに?」
笑いながら、彼女はペタリと未祐の胸を触った。
そして硬直。
「……」
「……」
「ねえ……」
とてもとても、気まずい呼びかけ。
「この胸はなに?」
「だから、何度も言わせるなよ……」
未祐は嘆息し、
「オレは、男なんだって」
堂々と宣言する。やれやれ、やっとわかってもらえたか、と正面を見れば。
彼女はスッと後ろへ二、三歩下がって、
「……」
その表情が窺えないほどうつむいている。だが、
「……っ……っ」
ふるふると、小刻みに肩が震えていた。
「お、おい……」
いかん、泣いてしまったのかと思い、未祐は声をかけようとして、
「―っ」
硬直した。誰よりも空気に敏感な未祐だからこそ、感じられた気配。
肌を刺すほど張りつめた空気。燃え上がるような感情の奔流。大気が怒りに満ちている
というか、激しく何かが爆発寸前というか。その圧倒的なオーラを前に、未祐はすっかり呑まれてしまい、逃げることはおろか謝罪の言葉も口にできない。
だから奇跡だったと思う。ピクリと彼女が動いたのに合わせて、腰がぬけるように尻餅をつけたのは。と、同時。未祐の頭上すれすれを、ヴゥオォンっと何かが横に薙いだ。
体感したのは瞬間風速四十メートル。そして直後、響いた轟音に未祐は肩をすくませた。
恐る恐る背後を見る。くの字になってしまっていた。スチール製のロッカーが。
「へえ、避けるんだ……」
反応いいじゃん、と獰猛な声がした。そこで未祐は、今のが蹴りだと理解する。
いまだどこか信じられないまま、正面に視線を戻せば、獲物を前にした肉食獣の如き瞳が未祐を睨んだ。迫力ありまくり。先刻までとキャラがちがう。
未祐はゴクリと喉を鳴らす。汗が頬をひと筋すべる。ひと目見て、本能的にそれとわかるヤバさ。彼女の殺る気は満々だった。どうやら、先刻の蹴りも勘ちがいではないらしい。
そうこうしてる問に、未祐の眼の前で、彼女の足が振り上げられる。
「―死ねっ、変態!」
至近距離で見る、女の子の足の裏は新鮮な光景だった。
それがすさまじい速度で迫ってこなければ
「―っのわああっ!?」
未祐は床をゴロゴロと転がった。直後、彼女の踵が側頭部をかすめ、ダンっと床を踏み鳴らす。あんなに柔らかそうなのに、なんて危険なサウンド。だが、それで終わらない。
ダン、ダン、ダダンっと執拗に踵が追ってくる。真剣な踏みつけの雨あられ。
だから未祐も本気で床を転がった。100%ここまで全力で床を転がったのは、生まれて初めてだ。とんだ初体験。そうしてかろうじて踵の強襲を避け、
「まて、落ちつけ!いや、落ちついてくださいっ!」
相手が必殺の心づもりで来ている以上、未祐の説得も必死の命がけ。
踵を振り下ろしたまま動きを止め、仁王立ちになった彼女は、ゆっくりと振り返り、
「落ちついてるわ、最高に。私の心は今、とても静かで穏やかよ……」
「よせっ、そんな冷たい眼で見るなっ、それは人を殺す覚悟を決めたヤツの眼だろ!」
「女の子が勇気を出して覚悟を決めたのよ。男なら応えてみせなさいよ」
「応えられるか、死ぬわっ。そういう台詞は、そんな剣呑な眼をして言うものじゃないだろ!」
「女の子が勇気を出して覚悟を決めたんだからねっ。男なら応えてみせなさいよっ」
「器用に頬染めてんじゃねえよ!無駄に情感こめやがって!」
語尾までそれらしく変わっているのが、なおムカつく。
すると彼女は「はあ?」と鼻を鳴らす。
「ゴチャゴチャうるさいわね。踏み殺されるのと、蹴り殺されるの、どっちが良いって訊いてんのよ」
「マジで殺す気だったのか……しかも選択肢は足のみかよ」
「私は小さいころから、もし人を殺すなら足で殺せと、厳しくしつけられてきたもの」
「斬新すぎるわっ!」
教育は死んだと叫びたくなる。
未祐は両の手の平を彼女にかざして、どーどー、と落ちつかせる。
「本当に悪かった。でもわざとじゃない。悪気はないんだ。お願いだから、せめて深呼吸をしてくれ。五回……いや、三回でいい。そうすれば、きっとオレの言っていることが理解できるはずだ」
「……」
「……たのむ」
「……」
長い、長い沈黙のあと。
「ふう」
眼の前の彼女が、大きく息を吐いた。
「スー……ハァー……」
そして未祐の言葉に素直に従い、深呼吸を始める。
眼を閉じて、少しだけ唇を尖らせながら、
「スウウゥー………、ハァアァー」
二度目はさらに深く大きく。
説得が通じたらしい。未祐は胸をなで下ろした。
よかった、ここまでくれば、もう大丈夫だ。何とか峠は越えただろう。
「ありがとう……わかってくれて」
未祐は安堵の吐息を漏らす。
しかし彼女は答えずに、そのまま最後の深呼吸。
「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――…………っっっっ!」
「ちょっと待て、吸いすぎだろっ!何だ、その超人的な肺活量はっ―」
そして気づく。未祐はやっと、彼女の真意に、真の狙いに思い至る。
彼女は落ちついてなんかいない。それどころか、未祐の話を聞く気もサラサラない。
彼女は今でも、未祐を抹殺する気でいるのだ。
だが、時すでに遅し。弓が一度引かれたら、あとは矢を放つしかない。
勢いをつけて。
「―よ、よせっ」
未祐の制止をかき消して、
『――』
校内どころか、敷地内すべてに悲鳴が轟いた。


ギブあっぷ! (HJ文庫)です。
ドタバタおもすれぇぇ
少しいじって美少女ゲームのシナリオに!
やっぱり多少のエロは必要だよな!ライトノベルにも。


ギブあっぷ! (HJ文庫)

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