著者:田尾典丈
イラスト:有河サトル
ある日突然に世界改変の機会を得た俺は、躊躇なく願望を具現化した。そう、全ての選択肢・イベント・キャラの台詞まで記憶するほど愛したゲーム『エターナルイノセンス』の現実化である。目指せメインヒロインルート―と思いきや、まさかの複数同時攻略ルート突入!しかもゲームにはないイベント発生!はたして俺と愛するヒロイン達はトゥルーエンドを迎えることができるのか!?
「おじゃまするね」
パジャマ姿で窓から部屋に遠慮がちに乗り込んでくる理恵。
昨日の放課後のやり取りを思い出して、いたたまれない気持ちになる。あんなやり取りがあった後で、この部屋に来るっていうことは、何かしらの用があるのだろうか?
それとも、理恵もシナリオが進行してるのだろうか?確かに主人公の行動との因果関係は理恵のシナリオにもない。
俺が体を起こして、ベッドの上であぐらをかくと同時に、理恵がベッドの縁に座る。
「何か用か?」
「うん……。用っていうか、聞きたいことがあって」
相談ではないことに少し安堵した。理恵のシナリオは進行してないようだ。
質問を待つ。言いにくそうにしていた理恵がやがて口を開いた。
「今目、神楽さんと楽しそうに帰ってたよね」
ある意味では、地雷な話だった。
「午後になって、神楽が体調を悪くしたから送れって言われたんだよ」
嘘だ。送れとは言われていない。鞄を持って来いと言われただけだ。
「でも、すごく仲よさそうだったよね。手を、繋いでた」
「……尾行してたのか」
確かに理恵は主人公が関わることには、並以上の行動力を持つようになる設定だが、行為そのものは決して褒められるものではない。
「言いたいことはわかるよ。あたしだって、悪いと思って尾行してた。でも、出て行く二人がどうしても気になっちゃったの……」
俺の表情が変わったのを見て悟ったのか、そんなことを言う。
「それが、理恵に関係があるのか?」
それはあまりにも残酷な一言だ。ゲームの主人公と違って、理恵の想いを十二分にわかっていて俺はそれを言ってしまった。春姉や夏海のことで多少、いらついていたというのもある。言ってから、かなり後悔した。他の人間にこんな辛辣なことを言えないくせに、おとなしい理恵に、俺自身の困惑を悪意に変えてぶつけるなんて最低だ。
「関係なら、あるもん……」
しかし理恵は、弱々しく、だがはっきりと言ってきた。
「あたしの気持ちに、まだ気付いてはくれないの?」
俺にしなだれかかってくる理恵。理恵に押し倒された形でベッドの折り重なる。
風呂あがりなのか、ほんのりと石鹸の香りがしてくる。
「あたしは、負けたくない……!」
顔に水滴が落ちてきた。見ると理恵の目に涙が滲んでいる。
「たとえ、世界一綺麗な女の子が相手でも、武ちゃんを取られたくない……!」
それは初めて聞く、理恵自身の強い願望だった。
「あたしを見て。あたしだけを見て……。武ちゃんのためだったら、なんでもする……。
このまま、ただの幼馴染で終わりたくないよ……!」
ゲーム本編でも見ないほどの熱のこもった理恵の告白。その健気さが、いとおしくなってきて、抱きしめてしまいそうになる。
流されるな……。少なくともこんな形では、きっと互い不幸になるだけだ。
「どいてくれ、理恵……」
「どきたくない……」
力で何とかするのは簡単だ。非力な俺でも理恵の体を退かすぐらいなら余裕でできる。ただ、力ずくで解決しても、理恵をいたずらに傷つけるだけだ。
しかし、そんな思いですら偽善。
咲の恋人になるのを目的としている以上、最終的に理恵は振らなくてはならない。結局は、今傷つけたくないだけで、行動を後回しにしているだけだ。
この時になってようやく気付いた。
いや、気付かない振りをしていたのかもしれない。
ゲームの主人公が救えるのは一人だけ、ということに。
いくら、彼女たちが主人公を想っていようと、最終的にその横に立てるのは一人だけであり、その他のキャラにその時のシナリオは用意されていない。ご想像にお任せだ。
だが、結果が火を見るよりも明らかなキャラだっている。
咲はいい例だ。主人公が助けなければ死んでしまう。しかし、咲を助けたシナリオのその裏で理恵が不幸になっていないなどとなぜ言い切れる?二人の幸せの裏には、きっといくつかの不幸があったはずなんだ。そして、その不幸な結果をもたらす終わりは確実にやってくる。そして、その結末は確かめようがない。
結局すべては、俺の軽い考えのせいだ。キャラクター全員が出れば、こうなることは
わかりきっていたことじゃないか。それを自分の願望が叶ったことで舞い上がって、結末に対して目を向けようとしなかった。周りに気を配るようなこともしなかった。
だが、いくら自分の馬鹿さ加減を自覚したところで、奇跡がなかったことにはならない。より、俺の理想に近いゲーム設定を伴った現実的な世界になるという奇跡は。
理恵の顔が近づいてくる。目尻に涙を浮かべて。
その姿、その想い、その脆さ。はっきり言って魅力的だ。現実で咲と比べたりするのも失礼だが、決して遜色などない。
そんな理恵を見て。
唐突に。
あまりにも最低な考えが浮かんだ。
それは女の予をあまりにも侮辱している。
自分本位な、まさに最低な考えだ。
肩を掴んで、理恵がこれ以上近づくのを制止する。
「なんで……」
大粒の涙がこぼれてくる。水に痛みなどないはずだが、顔に滴り落ちてくるたびにナイフで削られたように感じてしまう。ただ、それでも、彼女の痛みには遠く及ばない。
現実的に一緒にいるのはまだ短い。だが、半年近く作品をプレイしているせいで、その想いが痛いほどよく伝わる。
最低な言い訳の始まりだ。
「俺は……、まだ神楽を好きかどうかはわかってない」
「なに、それ……。じゃあ、なんで最近、神楽さんと仲がいいの?みんなして、あたしに夫婦やめたの?とか恋人やめたの?とか聞いてくるんだよ。それなのに……」
「仲が良くなってきてるのは否定しないよ。だけど、今は話せないけど、事情があるんだ。それが終わったら必ず話す。だから、それまで待ってくれないか?」
「わかんないよ。どんな事情があるの?いや……。いやだよ、あたしを償いていかないで、武ちゃん……」
「お願いだ。最低な、言い訳だっていうことはわかってる。だけど、俺からはそうとしか言えないし、こんな形でお前の気持ちを踏みにじりたくないんだ」
「ひどいよ、武ちゃん。ひどいよ……」
餌で釣るような最低な行為だ。期待を持たせているも同然の。
理恵を見て、思い浮かんだこと。
それは、俺が本当に咲のことを好きなのかどうか、だ。
俺が見てきたのはゲーム匿界のキャラたちだ。現実になれば、また違う。みんなは一個の個人として動いていて、ちゃんと心がある。
そんな中、俺が咲との紳を進展させようと思ったのは、ひとえに最後の結果に『死』が待っているからだ。いくら好きなキャラだったとはいえ、咲が死を乗り越えたあと、俺の想いはどうなるのかは、正直わからなくなった。
あまりにも自己中心的な考えに、心が酷く痛む。はっきりと範弁だ。詐欺と言ってもいいかもしれない。だというのに、まだこの現実は始まったばかりで、結論が早すぎてもいけないと思う、とかそんな、言い訳が頭に浮かんでしまう。
……詭弁に詭弁、言い訳に言い訳の重ねがけだ。
「待って欲しい。ずっと待たせて、もっと待たせるなんて最悪だと思うけど……」
自分でこの現実に呼び出しておきながら最低のお願いだった。本当に最低の……。
理恵を見据える。理恵は目をつぶったまま、黙ったままだ。
だが、数瞬の後、理恵はゆっくりと身を引いていった。
「すまん……。いや、ごめん……」
理恵がしばらくして、こちらに向き直る。その表情は、複雑で感情など読み取れない。
ただ、感情がないとは違う。少しだけ、決意したような、そんな表情だ。
「じゃあ、あたしもひとつだけお願い……。聞いてくれる?」
「俺にできることなら」
「今日は,緒のベッドで寝たい。しばらく味わえない、武ちゃんの温もりを一晩中、感じてたい。それが、しばらく待つ条件だよ」
少し、頭の中が真っ白になった。
「俺を、責めないのか?愛想を尽かしたりはしてないのか?」
「生まれた時から一緒だったんだよ?付き合いだけなら春姉や夏海ちゃんよりも長いんだよ?あたし、武ちゃんの行動には必ず理宙があるって信じた。このぐらいのことで愛想を尽かしたりなんてしないもん」
あまりにも出来た子だった。主人公や俺にはもったいなさすぎる気がしてくる。
「それで、一緒のベッドで寝るのは、ダメ?」
最低な言い訳に対する、あまりにも過ぎた対価。
「本当にそれだけで良いのか?」
「うん。武ちゃんの傍にいられるだけで、あたしは幸せだから……」
背徳的な気もするが、それで理恵の心が癒されるなら……。
あまりにも俺にとって、都合が良すぎる。だが、それが秋原理恵という出来すぎた幼馴染の真実の姿なのかもしれない。
そして、その想いが本来は主人公のものだと考えると、軽く嫉妬心が湧いてくる。
「……幼馴染としてなら、いいよ。一緒に寝よう」
これは理恵に対する牽制などではなく、自制のための言い逃れ。そうでも自覚しないと、理性が消し飛びかねない。これ以上、理恵の想いを踏みにじることはしたくない。
理恵はうんと静かに頷いて、そしてベッドの中へと人ってくる。
一人では狭いベッドの中でお互いの位置を整える。向き合いながら。
「おやすみなさい、武ちゃん……」
「ああ、おやすみ」
消灯すると、俺と理恵は幼馴染として寄り添いあって、静かに眠りへと落ちていった。
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皆、個性的でいいキャラなんだよ。選べねぇっての。
たまになんでこれが攻略対象なんだ?て、キャラもいるけど……。
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