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変態王子と笑わない猫。 (MF文庫J)
著者:さがら総
イラスト:カントク

横寺陽人は頭の中身が煩悩まみれな高校二年生。ひょんなことで“笑わない猫像”に祈ったら、心で思ったことがいつでもどこでも垂れ流しになってしまった!
人生の大ピンチを救ってくれたのは、クールでキュートな無表情娘、筒隠月子
――「頭の先から尻尾の終わりまで撫でまわしたくなる感じの子だなあ」「変態さんですね」「ち、違っ、褒め言葉の一種だよ!?」「裁判沙汰の多そうな変態さんですね」「!!??」
 

虫が寄ってくるから電灯を消した。あたりにはすぐに闊が満ちる。猫の前に抱き枕を置いて、早速お参りを始めよう……と思ったけど、その前に逡巡。
「ううん、こいつでいいのかなあ」
革のベルトを外して、抱き枕をまっすぐに直した。若気のいたりで、ポン太と一緒のときに通販で注文したやつだ。
ちゃんと名前もある。『バーバラさん』だ。
当時好きだったアイドルのブロマイドが布地に印刷されているはずが、届いてびっくり、字宙から襲来したクリーチャーみたいな異次元のイラストが刻みつけられていた。
返品する知恵もなく、さりとてゴミに出す勇気もなく、ぼくとポン太はお互いに押しつけあった。数か月スパンの爆弾処理ゲームだね。最近だと、高校入学のお祝いとしてぼくがポン太の新品のロッカーに突っこんだ。今年の三月には、いつのまにかぼくの部屋のクローゼットに送り返されていた。
三月といえば、ポン太が猫像に祈った時期だ。こいつをお供え物にしたって言ってたけど、どうせ風雨にさらすのが忍びなくなってぼくのクローゼットへ投入したんだろう。それが再びこうしてお参りに活用されるのだから、バーバラさんも本望ってものだ。
「抱き枕なんかをお供えされて喜ぶ神様って大丈夫なのかな……」
しかしボン太の願いは叶えられたわけだし、ほかに適したお供え物は思いつかない。今が夜中でよかった。バーバラさんを持ち歩いている姿を人に見られたら、いったいどんな噂が―

かつん、と小石を蹴る音がした。
とっさに暗闇に息を殺す。だれだ?警察か?人型の物体をベルトで拘束して持ち歩いている不審な高校生がいました、世間をお騒がせした罪で逮捕!家宅捜索、お宝グッズ押収!処分!死んだほうがマシだ。
そうでなくともたとえば、ありえないけど、鋼鉄の王だったら「抱き枕など軟弱者の証左だ、不埒に過ぎる」なんて激怒するだろう。たぶん気絶するまで殴られる。あいにくぼくはそういうハードコアな趣味は持ち合わせていないのだ。
近所の人や同じ学校の人にしたって同じ。バーバラさんの恋人なんて不名誉なあだ名がついた青春を送りたくない。
精神的な死も物理的な死もいやだ。どうしよう。どうすればいい?
考えがまとまらないうちに、下草を踏みわける足音はこちらに近づいてくる。引き返す様子も立ちどまる様子もない。一本杉を目的地にしているのは疑いようもない。
電灯の光がゆらゆら揺れる。もう眼と鼻の先。残り何メートルだ?ええい、警察でも鋼鉄の王でも無関係の人でもどうでもいい、四苦八苦よりも、三十六計逃げるにしかず!
「うわあああああ!」
「きゃあああああ!」
立ち上がった瞬間、ぶつかった。思ったより近くまで接近されていたらしい。暗闇で目測を誤ったのか。えへへ、失敗失敗。なんてドジっ子のマネをしている場合じゃない。
「ひう、え、いやあ、へ、へ、へん……っ!」
「な、なんじゃこりゃあ!」
だれかがさけぶ。ぼくもさけぶ。地面に落ちた懐中電灯。照らす先にはお供え物。こんもりとかぶさる一本杉の樹陰の下、単三電池にストライキを起こされて明滅する光のせいで、バーバラさんが変なものに見える。見えたらいけないものに見える。
あれ、なーんだ?
答えはーアレコレ弄ばれて遺棄された全裸のボディだ!
「うあうあうあう、変態さんです!警察ですか救急車ですかやっぱり警察ですか!」
「け、警察とかぜんぜん関係ないよ!バーバラさんは生きてないから平気だよ!」
「たった今おまわりさんと密接に関係したですよ!ちょっと電話ボックスに用事を思い出したのでわたし帰ります!」
知らない女の子の声だ。ただし、これは変質者に会ったときの声だってことはわかる。
「待って待って、その前にぼくとお話しようよ!どこかになにかの誤解があるよ!」
「誤解も視界もないです!見てないです!なにも見てない設定ですから!」
「設定って言った!?その設定はあとで確実に改変されるよね!?」
「もちろんです!日本中のおまわりさんがわたしの味方です!おまわりさんは強いですよ!変態さんには無敵なのですよ!」
乗数的に高くなっていく女の子の悲鳴。加速度的に近づいてくる手錠と監獄。このまま街に帰られたら、ぼくのヒットポイントがピンチで危険だ!
女の子が踵を返すのと、ぼくが女の子の腕を取るのが同時。
沈黙、そして膠着。危うい均衡。
さながら猫とネズミが鼻をくっつけあってお互いの出方を窺うような。
それはすぐに崩れて、

「イヤですイヤですイヤです、そういうのは愛がないとイヤですー!」
「そういうのってどういうの?だまっていれば優しくするから!そしたらみんな幸せになれるから!」
「優しくも激しくもイヤです!わたし今すごく不幸です!」
「落ち着いて!ともかく落ち着いて!」
女の子がじたばた暴れるのと、ぼくが羽交い締めにするのが再び同時。
彼女も必死。ぼくも必死。必死と必死がぶつかりあって、足がもつれて、二人して下草に倒れこみ、ごろごろ転がり、なぜか組み敷く。膝小僧に触れるどこかの肉の感触。女の子ってどこもかしこもやわらかいんだなとあらぬことを思ったり、これじゃあ変態じゃないかと他人事みたいに考えたり、犯罪者との境界線を蛇行運転。
「わたしぜんぜんおいしくないです!貧相だしぺったんだしすっとんとんだし、食べてもぜったいぜったいまずいです、本当です命かけてもいいです!」
「そんな悲しい命の賭け方をしないで!自分を大事にしようよ!」
「体のためなら命も心も全部かけていいです!身体測定したらクラスで一番へっぽこだったのです!あと二年待ったらきっとおいしくなるからそれまで、それまで……き、き、きれいな身体でいたかったです……!」


変態王子と笑わない猫。 (MF文庫J)です。
お馬鹿なラブコメです。
変態成分薄めです。
超サラサラです。
結構面白かったです。


変態王子と笑わない猫。 (MF文庫J)

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