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ライトノベルの楽しい書き方 (GA文庫)
著者:本田 透
イラスト:桐野 霞

 与八雲は、知ってしまった。クラスメイトのおっかない学園最強少女・流鏑馬剣が、実はらぶりぃでふぁんしぃな作風の新人ライトノベル作家・姫宮美桜だったという恐ろしい秘密を……
おかげで、正体を隠し通そうとする剣に「口外したら命はない」と脅される羽目に。
そんな剣だが、実は大スランプで新作ラブコメの執筆がまるで進んでいなかった。
八雲の従姉にして剣の担当編集・心夏は何を思ったか剣に「八雲と彼氏彼女ごっこして恋愛経験を積め~!」と言いだす。
はたして二人の運命は……。
〆切り破りから始まるラブコメディ、スタート!

「それはもしかして」
「う、うむ。これは私が早起きして作った手弁当というやつだ。なっちのメモに《お昼はヒロインが作った手弁当を屋上で一緒に食べること》と書いてあったからな」
「そ、そうか。俺が貰ったメモには昼食のことは何も書かれてなかったな……」
八雲は青空を見あげた。
まさか、剣が作ったお弁当を自分が学校で食べることになるとは思わなかった。
嬉しいような恥ずかしいような。
しかし、よくよく考えてみると、剣の料理の腕前はどうなのだろう、と気づいた。
「そなた、何だその視線は。よもや、私が料理音痴だとでも思っているのではあるまいな」
睨まれた。
「い、いや。そんなことはないさ。ははは……」
「そなたの好みがよくわからなかったので、洋風、和風、中華風の三段組み弁当を準備したぞ」
「それで重箱を重ねていたのか……凄いな。でも剣のお弁当は?」
「はっ?しまった。そなたのお弁当を作るのに夢中で、自分の分を作り忘れてきたっ!?」
剣が真っ青になって立ち上がろうとするのを、八雲が「まあまあ」と止めた。
「わ、私は何と愚かなのだっ!今から家に戻って大至急で自分の分を作らねばっ」
「いいよいいよ。俺一人じゃ三人前も食べられないから、二人で弁当箱をつつこう」
「う、うむ。それもそうだな……そなたはなかなか優しいところがあるな」
一日に大量のカロリーを消費する格闘家じゃあるまいし一人でこんなに食えるわけないだろ、
と八雲は突っ込んだ。
「それにしても剣がいつも自分で弁当を作ってきてるなんて、意外だったな」
「どういう意味だ。ちなみに私が弁当を自作したのは、これが生まれて初めての経験だぞ。どうだ、嬉しいか。私の生涯初作品を食べられる自らの幸運に感謝するがよいそ」
水筒のお茶を八雲の紙コップに注ぎながら、にこにこと嬉しそうにうなずく剣。
八雲の背中に、冷や汗が流れてきた。
見た目は割と普通の弁当だが……。
「ところで……な、なっちのメモには、《「あ~ん」をやりなさいっ》と書いてあるが……ど、どうする?八雲が恥ずかしいというのなら、私は遠慮してやっても構わぬぞ?」
「「あ~ん」って何だよ?」
「そなた『あ~ん」も知らないのかっ?『あ~ん』というのはだな、男の子のほうが口を開けるのだ。餌を待つひな鳥のように。そして、女の子がお箸でおかずを取って、男の子の口に入れてあげるのだ。う、ううう。せっ説明してるうちにどんどん恥ずかしくなってきたではないかっ」
八雲も聞いているうちにとてつもなく恥ずかしくなった。
「今どき、そんな古典的な食事スタイルを実行する人間がいるかな?」
「古典を軽視するな。ライトノベルにおいては、古典的なスタイルが重視されるのだぞ。古き良き日本の伝統というやつだ」
「ちょっと違う気もするなあ……まあいいや。恥ずかしいけど、一度試してみるか」
「う、うう。そなた、少しは遠慮しろっ。私のほうが百倍恥ずかしいのだぞっ」
文句を言いながら、剣がハンバーグ(のようなもの)を箸でつまんで、水面に浮かんだ金魚の要領でどうにか口を開いた八雲へと身を乗り出して接近する。
「ほ、ほら。さっさと食べてくれ。「あ~ん」……」
剣の端正な顔が至近距離に迫ってくると、八雲の心臓の鼓動がまた高鳴った。
大きなツリ目。長い聴。整った細い眉。まっすぐな鼻。
そして薔薇色の、こぶりな唇。
口さえ開かなければ、やっぱり剣は「椅麗な生き物」だった。
こうして困ったように眉をさげていると、美しい造型の上に女の子らしいかわいさがプラスされて、八雲の生物学に特化したボキャブラリーでは形容する言葉すら見あたらなくなる。
八雲は、俺って幸運だなあ、と思いながらハンバーグ(のようなもの)を頬張った。
「ど、どうだ?ときめいたか?ときめいたであろう?だが、わ、私を本気で好きにならないでくれ、八雲」
「……もぐ……」
一口、ハンバーグ(のようなもの)を咀噌した瞬間に。
八雲の脳が、スパークした。
!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?
「~~~~~~~~~~~ッッッッッッ!!!!!!」
銀河が裂けた。
大空が泣いた。
間違っていた。明らかに、味付けを間違っていた。
「……まっ……ままままま、まずっ……」
何だこれは。母さんが作るハンバーグと全然違う。雲泥の差だ。
まずい料理というものを食べ慣れていない八雲は、シートの上にどさりと倒れた。
「おお。いい感じのリアクションではないか入雲。そうだそうだ。ここは、お弁当のあまりのまずさに男の子がいったん悶絶しなければならぬのだ。だんだん学園ラブコメらしくなってきたぞ」
なぜか満足そうに腕組みしていばりはじめる剣。
「しかし少々大袈裟だぞ。この私が真剣に作った料理がそこまでまずいはずなかろう。はっはっは」
「ちっ。違う。演技じゃない。みず、水っ」
「もちろん、男の子は彼女が一所懸命作ってきたお弁当を文句一ついわずにたいらげなければならぬ。そして、女の子は後から自分のお弁当をつまんで食べてみて、実は塩と砂糖を間違っていたことに気づくのだ。かくして、女の子は彼の優しさを知ってますます好きになっていくというわけだ!」
「うるせえ、こんなまずいもの食えるかっ!俺は現実の人間だぞっ味覚だってあるんだぞっ」
「そう照れずにもっと食え。ほら、あ~ん」
転がって悶絶している八雲の上に、剣がのしかかってきてハンバーグ(とは似て非なるもの)を再び八雲の口に押しこもうとする。
とてもじゃないが逃げられない。腕力じたいは八雲のほうがあるはずだが、剣は人体の動きを封じる急所を心得ているらしい。
このままでは料理が破滅的にまずい上に剣の胸がいちいち身体に押しつけられてきて、二重の意味で生き地獄だ。
諦めた八雲は、泣く泣く「あ~ん』攻撃に耐えた。
結局、一人で三分の二ほどをたいらげた。
動けなくなってシートの上に仰向けになり、青空を見あげた。
白い鳩がぱたぱたと飛んでいくのが見えた。
亡くなったおばあちゃんが迎えに来る姿が見えても不思議じゃない、と八雲は思った。
「食べた後に寝ると牛になるぞ八雲。まったく、寝ながら彼女にお弁当を食べさせるとは、そなたはほんとうに変わり者だ」
お前が俺を押さえつけて逃がさなかったんだろうが、と八雲は内心でつぶやいた。
「さて、私もいただくとするか。まずは、この米沢牛100%のハンバーグを……ばくっ」
一口、ハンバーグ(の、まがいもの)を咀囎した瞬間に。
剣の脳が、スパークした。
!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?
「~~~~~~~~~~~ッッッッッッ!!!!!!」
銀河が裂けた。
大空が泣いた。
間違っていた。明らかに、味付けを間違っていた。
「……まっ……ままままま、まずっ……」


ライトノベルの楽しい書き方 (GA文庫)です。
ライトノベルの書き方じゃないです。
同級生がライトノベル作家です。同級生がイラストレーターです。
まじかよ!です。

ライトノベルの楽しい書き方 (GA文庫) 与こゆり

妹こゆりの壊れっぷりも中々です。
 


ライトノベルの楽しい書き方 (GA文庫)

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