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迷い猫オーバーラン!〈5〉本気で拾うと仰いますの? (集英社スーパーダッシュ文庫)
著者:松 智洋
イラスト:ぺこ

 クリスマスの事件で足を骨折した巧は、病院で正月を迎えた。文乃、希、千世の三人は競って熱烈看護中。だがそこが千世の友人で財閥令嬢である夏帆の系列病院だと分かって騒ぎに発展。マイペースな夏帆に振り回され這々の体で退院した巧と迷い猫同好会を待っていたのは、季節外れの転校生だった。折しも目前に迫るバレンタインを焦点に、新たな恋の伏兵が三人娘に予想外の展開を呼び込んでいく。その時巧の出す結論とは?そして夏帆の思惑はなんなのか?

「いい?とりあえず、巧の足が治るまでは協定に従ってもらうかんね」
「だから、協定だかなんだか知らないけど、あたしは最初からそんなの結んだ覚えないわよ。だいたい、あたしは巧のことなんか……」
「文乃、それは嘘」
実際、用事を繰り上げて三日に戻っていたのは文乃も同じだ。だいたい、おせちを用意していなければ一番に到着していたのは文乃だと思う。希としても、看病について言いたいことはなくもないのだ。自分は同居しているのだから、荷物運びくらいはやらせてほしい。
なのに、勝手知ったる他人の家。希よりも昔から出入りしているが故に、文乃の方が効率よく乙女をサポートしてしまう。希が指示を待つのに対して、文乃は勝手に世話をしてしまうのだ。この差は大きい。たしかに、その呼吸はまだ希には難しかった。
「そーよそーよ。だったら一緒に来なければいいじゃん」
千世も希と同意見である。入院して以来、自分は空回りしている感じがするのは否めない。
その点、文乃は着実に得点を重ねているようでくやしいのだ。お金では解決できない、幼なじみのアドバンテージを感じざるを得ない。
「うっ……こ、これはあんたたちだけ行かせたら、また巧が大変なことになっちゃうかも知れないから!仕方なくよ!」
素直じゃないのもここまでくれば、ある意味すごいことかも知れない。
「巧、忘れ物を取りに来たわ!」
勢いよく開かれたカーテンの向こう、それを見て、彼女たちは真っ白になったのだった。

少し前に時間は遡る。
「さあ、巧様。お服をお脱ぎになって?」
ナースルックのままベッドサイドに腰を下ろした夏帆さんは、妙にしどけない姿で髪をかき上げた。香水の香りに混ざって、夏帆さんの髪からシャンプーの香りがする。
そして、頬を染めて今の台詞である。地球上の男子の九割八分五厘は同様の期待をするに違いない。って!何を言ってるんだこの人は!?
「なななな、何を言いだすんですか夏帆さんっ!!」
俺の動揺を感じたのか、夏帆さんは恥ずかしそうに頬を染めてうつむいた。
「あら、師長様から今日のご予定は確認して参りました。午後の予定は、清拭ですわよね。足のギプスが取れるまでは、看護師が体を拭くのでしょう?は、恥ずかしいのですけれど、私……頑張らせていただきますわ」
頑張るって何を!?
「い、いや、そうだけど。姉さんにやってもらうこともあるし!その時も背中と足以外は自分でやってますから!」
「まあ、そうでしたの?でも、足が痛いのではありませんか?」
大きな目をさらに大きく見開いて、心配そうに俺を覗き込む夏帆さん。
……そ、そんなに顔を近づけないでほしいなあ。
なんだか、胸がドキドキしてきた。
「無理をなさらなくてよろしいのですよ。私、こう見えても海外で看護講習は受けておりますの。日本の資格こそ持っておりませんが……大丈夫です。私、出来ますわ」
悲壮な決意を上気した顔で告げる夏帆さん。
「い、いや、そういうことじゃなくて」
「わ、私では、不足だとおっしゃいますの?私……心から尽くすつもりで参りましたのに」
悲しそうに言われても……
不足って何が不足なんだよおぉぉおおっ。
「私は……ただ巧様のお役に立ちたいと……至らないところがあれば直します。ご要望があればいかようにも努力いたします。どうか、私に巧様の看護をさせてくださいませ」
そういうと、夏帆さんは悲しげに目を伏せた。
「い、いや、そんな大げさな。体を拭く間は外に出ていてくれれば、その後でやってもらうことは何かあると思うからさ」
い、いかん。俺は何を言っているんだ。
というか、完全に夏帆さんのペースにはまっている!?
「そんな……私に背中を拭かせるのは不安だ、そうおっしゃるのですね。悲しい……悲しいですわ。巧様。確かに私は以前、勘違いから千世様に間違ったアドバイスをしてしまったかも知れません。でも、あれから私は考え直しました。それにこのたびは、私の初めての人である巧様のお世話をして差し上げたいと思ってここに参りましたのに……背中すら……うう」
おーい。俺、ものすごい悪人っぽい展開なんですけど。
周りにいる入院患者さんたちがドン引きしてます。
「ち、ちょっと待ってーっ!夏帆さん、落ち着いてよ!なんでこんな……俺と夏帆さんは、梅ノ森の共通の友達ってだけでほとんど無関係なのになんでーっ!?」
の言葉に、夏帆さんは衝撃を受けたように口に手を当てた。

「……巧様は、私が誰にでも唇を許すような女だとお思いなのですか!?」
大げさな仕草で、夏帆さんは俺に顔を


寄せる。
もう一度キスしそうな勢いで。
……今、ちょっとドキっとしたぞ。
この蟻地獄は一体なんなんだ!?
喋るたびに事態が悪化しているような気がするんだが。
あと、あのファーストキスの時の記憶は曖昧なんだけど、感謝じゃなくて仕返しって言ってたような気がするんだけど……気のせいだっけ?
で、でも。こ、この展開はまるで夏帆さんが俺のことを好きだと言っているような……そんなこと、あるわけないよね?というかありえん。しかし確かにキスはしたし……。
どんどん混乱していく俺を見透かすように、大きな瞳にキラキラと涙を浮かべ……。
「わかりました。私の想いを信じていただけないのは竹馬園家の恥。この上はこの竹馬園夏帆、家宝の懐剣を持ってこの場で自害を……」
「わわ!待って、待って!わかった、わかりました!背中拭いてください!」
俺の言葉を待っていた、というように夏帆さんはひまわりのように微笑んだ。
「そう言ってくださると思いましたわ。皆のもの、これへ」
え?これへって……。
夏帆さんの言葉と同時に、数人の看護師が恭しく黄金の洗面器に浄水器が何台もつなげられた給湯器を持って現れる。そして、ふかふかというのもはばかられる見事なタオルだと思われる豪華な布を何枚も夏帆さんに手渡してゆく。
「巧様……私、男性の肌に触れるのは初めてですの……優しくしてくださいね?」
そう言ったとたん、手足をがっちりと看護師たちが押さえる。
「あ、あの……?」
「間違いがあってはいけませんので」
看護師が、能面のように冷静な顔で言った。
手早く、上半身が脱がされていく。というか、だったら君たちがやってくれればいいんじゃないかな?ってか、これは一体どういうシチュエーションだぁっ!?

「ふふっ……さあ巧様、極楽へ連れていって差し上げますわ」

……えーと、背中を拭いてくれるだけですよね?
しかし、手足も押さえられて身動きできない状況だし……どうにもならない。
「お、お手柔らかにお願いします」
俺がまさに、まな板の上の鯉な気分になっていたその時、唐突に病室のカーテンが開き――、
「巧、忘れ物取りに来たわ!」
「な、なに――――――っ!」
俺の絶叫は、過去最大クラスのボリュームだったと思う。
時は止まる。
そりゃそうだ。ベッドには上半身裸の俺。傍らにはナースルックの夏帆さん。
目を疑う光景には違いない。
引きつった笑顔のまま硬直する梅ノ森と目が合った。
後ろには同じように固まっている文乃と希の姿も見える。
「あら、みなさんお揃いで。あ、ちょっとお待ちくださいね、すぐにすみますから」
夏帆さんはニッコリと微笑むと、何事もなかったかのように俺の体を拭くという作業をはじめた。いつのまにか、手足を押さえていた看護師さんたちは消えている。
言い訳も出来ないので、俺はベッドに寝そべって硬直中。なすがままの状態だ。
「な、な、なにやってんのよ!」
いち早く立ち直った文乃がツカツカと歩いてきて夏帆さんを怒鳴りつけた。
「はい、巧様の体を拭いて差し上げてますの」
「そ、そういうこと聞いてるんじゃなくて!って、バカ巧!あんたもなにやらせてんのよ!」
「い、いや。それはだな1もちろん、望んでこんなことになったわけではなくて!」
「あら、お願いしますと言ってくださったじゃありませんか」
状況がわかってないのか、それもわざとなのか、夏帆さんは無邪気に笑った。
「竹馬園夏帆!なんであんたがここにいんの!」
やっとのことでショック状態を脱した梅ノ森が夏帆さんに詰め寄る。
夏帆さんはゆっくりとベッドから降りると、梅ノ森に向かって優雅に一礼した。
「お久しぶりでございます。千世様」
「お久しぶりじゃないっつーの!巧になにするつもり!?」
「先ほど申しました通り、体を拭いて差し上げていたのですわ」
「んなことは見りゃわかるわよ!どうしてここにいんの!?なにその格好!」
「巧様と同じことをお聞きになりますのね」
まったく動じた様子もなく、夏帆さんは髪をかき上げる。
それから、ここが竹馬園が経営する病院であることを告げた。
「な、なんてこと……まさか、そんな……」
「千世様もお気づきでなかったのですね」
驚愕する梅ノ森に夏帆さんは余裕たっぷりに続ける。
「そういうわけですので、巧様の看病は私が責任もってさせていただきますわ。みなさんはどうぞご安心くださいな」
「「安心できるか!」」
文乃と梅ノ森が同時に叫んだ。


迷い猫オーバーラン!〈5〉本気で拾うと仰いますの? (集英社スーパーダッシュ文庫)です。
巧ハーレム全開です!

俺の頭上には、睨み合う四人の乙女たちの姿。構図としては、真下から見上げている位置だ。
すなわち。
純白、赤白ストライプ。ベージュのフリル。レース系白。
いや~、絶景。

千世はベージュというよりもピンクやブルーってイメージなんだけどなぁ。


迷い猫オーバーラン!〈5〉本気で拾うと仰いますの? (集英社スーパーダッシュ文庫)

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